監督に対する世間一般のイメージは"野球の監督"か"映画監督"だと思うので、舞台監督はメガホンとかマイクを持って役者にあれこれ指示をしている人なんだろうと考えるのは自然なことといえます。私もそうでした。
しかし、演劇の世界でその役割を担うのは"演出"なのです。では、舞台監督はなにをしている人なのかというと、私の解釈では"スケジュールなどを管理するマネージャー"です[1]。
『櫻の園』という、女子高演劇部の一日を描いた映画があります[2]。チェーホフ原作の『桜の園[3]』を演じることになった演劇部に、朝から(?)アクシデントや色恋沙汰が起きて大変、みたいな話です(実際は女子高における女の子たちの人間関係の機微みたいなものが繊細に描写されていて、そこが見どころなのですが割愛)。
この映画に城丸さん(宮澤美保=ホーチャンミ)というキャラクターが出てきます。彼女は二年生で、『桜の園』を上演するまでの間、学校のいろいろな場所にいる部員に練習時間やらなんやら伝えるために奔走するのですが、こんな風に舞台を作るための調整をしていくのが舞台監督の役割です。
ほかの裏方ってどんな感じ?
舞台監督だけではなく、演劇には裏方と呼ばれるスタッフが多数存在しています。強豪校には"衣装"だとか"ヘアメイク"だとか、プロの劇団でしか見かけないような類いのスタッフもいますが、どんな小さな演劇部にもほぼ必ずいる基本的なスタッフは以下の通りです。
では、それぞれどのような役割を担っているのでしょうか。
まず演出ですが、「原作付きの漫画を描いている漫画家」とやっていることが近そうです。劇の骨格となるストーリーは脚本担当に任せ、できあがった骨組み(ストーリー)に自分の感性で肉をつけていきます。たとえば、「女性が泣いている」と脚本にあったら、
- 声を上げて泣いているのか、それともすすり泣きなのか
- しゃがんでいるのか、立っているのか
- 手で涙を拭っているのか、なにもしていないのか
いくつかのイメージを頭の中で描いて、ベストなものを反映させ、一つの台詞、一つのシーンごとにひたすらその作業を繰り返して、二次元の脚本を三次元の舞台に昇華させるって感じですかね。
演出がもっとも光り輝くのが大会の本番会場で行われるリハーサルで、明かりが落ちている誰もいない客席の真ん中に座り、シーンごとにマイクを使って指示を飛ばす姿はぞくぞくするほどかっこいい。ただ、権限が強すぎる分、役者たちに「こいつのセンス、駄目だな」と思われたら部が崩壊しそうな危うさがあり、やる人は大変でしょう。実質、顧問が担当することが多いのは頷けます。
ちなみに映画『幕が上がる』に出てくる演劇部では高橋さん(百田夏菜子)が演出を任されていますが、会場でのリハーサル場面がないので彼女の姿を見てもあまり伝わらないかもしれません。
実態に即しているのは『コーラスライン[4]』のマイケル・ダグラスかな。リハーサルではなくオーディションですが、ぽつんと客席側に座ってマイクを握り、ダンサーの運命を決めていく。もうほとんど神様ですよ。特に強豪校の顧問は彼の姿とぴったり重なります。
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照明
私が抱いていた照明スタッフのイメージは、「白いランニングシャツを着て汗だくになりながら、二階の端でカラーのセロファンがついているライトを操作している人」ですが、実際に見てみるとまったく違います。
照明担当者の役割は三つあるようです。
その1 スポットライトの操作
ミサイルランチャーみたいなライトを起動し、操作を行います。スイッチを入れるとおそらく排気ファンが高速回転するためか、中からスズメバチの羽音みたいなのが聞こえてきて怖いです。

その2 機械を使ってシーンごとに照明を切り替える
機械とは下のようなものになりますが、ド素人にはどれがなんなのかまったくわかりません。
劇場スタッフの方に伺ったところ、
といった風にあらかじめ照明の色を決めておいて、それをプログラム化して保存し、上にある画像の機械を使って切り替えていくらしいです。
その3 舞台で使う照明の色を考える
たとえば、夕暮れを表現するため、ホリゾント幕[5]に色を当てることになったとします。しかし、どんな色がふさわしいのか、劇場スタッフはすぐには決められません。演劇部の照明スタッフが思い描いている夕焼け色が薄紅色なのか真っ赤なのかそれとも黄色っぽいのか、すりあわせを行わない限りわからないからです。
そのため、リハーサルで劇場スタッフが実際にいくつかの色を作り、演劇部の照明スタッフは「もう少し赤強めの方がいいです」などと指示しつつ、決めるという作業を行います。
音響
私事ですが、裏方のワークショップ[6]に参加した際、音響を担当したので機械の操作は照明に比べればわかります。といっても、CDに収録されたBGMの頭出しとボリューム操作だけですが……。
後日、上記の経験を劇場スタッフの方に話し、「高校演劇で音響担当の部員がやっていることもだいたい同じですか?」と聞いたところ、「そうですね」といわれたので、音を出してボリュームを決めるのが主な役割だと思います。
ただ、ボリュームの調整は一度決めたら固定という単純なものではなく、劇場の広さと客の数によってその都度調整しないといけないので大変だといってました。
冬だと客はもこもこした服を着てきますが、そういった服は音を吸収してしまうらしく、考慮せずに音を出すと小さくて聞こえないといったことがあるようです。
裏方のすべてを高校生が担っているわけではない
映画『幕が上がる』のラストシーンで、演出の高橋さん(百田夏菜子)がインカムマイクを使って「緞帳スタンバイ」と指示を出します。
そうか、じゃあ緞帳を上げ下げするのは演出の役割なのかと思うのは待ってください。確かに指示を出すのは演出担当の部員ですが、実際に機械を操作するのは劇場スタッフなんです。
舞台袖の奥には上にある画像のような機械が置かれているんですが、間違ったスイッチを押すといきなりステージが回転したりして危ないから高校生には触らせないのでしょう。
ちなみに大会の本番時、舞台袖には多くの劇場スタッフが控えているようですが、セットの搬入を手伝ったりしているわけではなく、装置の操作を行う以外は待機しているだけみたいです。
ある大会の前日リハーサルを見学させていただいたとき、ステージ裏を案内してもらったのですが、劇場スタッフたちはトランプやってました(笑)。
裏方は"補欠の演劇部員"なのか?
最後に、タイトルの疑問に触れておきます。
部員たちに話を聞くと、「本当は役者をやりたかったけど、選ばれなかったので裏方になりました」というケースも確かにあるんですが、最初から裏方をやりたくて演劇部に入った部員もかなり多いんです。照明や音響の機材を見ていると、いかにもエンジニア志望が好きそうな感じですしね。
演出に至っては誰がどう見ても演劇部のトップですよ。そこを目指してきてもまったく不思議ではありません。
というわけで、自分の子供とか孫とか親戚とか友達とかが演劇部に入って裏方をやっているといったとき、脊髄反射的に「ああ、補欠か」と思ってほしくないなと。そこのところ、どうかよろしくお願いいたします。
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